人喰い龍と春日明神の戦い

昔、現在の奈良市の柴屋の池に一匹の龍が住んでいました。この龍は大変凶暴で、お腹がすくと池から出てきては村人を捕まえて食べていました。


◆奈良市柴屋町にある龍象寺の起源はこの戦いに由来します◆

村人たちは、龍を退治しようと池の堤にかがり火を燃やして大騒ぎをしましたが、いっこうに龍は姿を見せませんでした。そこへ一人の旅の武士が通りかかり、「お前たちの事情はよくわかった。俺が退治してやろう」と言って、池の真ん中部屋を射込みました。

すると天地が荒れ狂い、雷電すさまじい大暴風雨となって1頭の龍が池の中から踊りだしてきました。武士は弓を捨てると刀を抜いて龍に切りかかりました。龍は武士をつかむと空へ昇ってしまいました。

しばらくすると、ピカッと電光がして、真っ赤な雨が降ってきました。続いて大きな音響がしたかと思うと、ズタズタに切られた龍の死体が落ちてきました。しかし武士の姿はついに見えませんでした。

それで龍の死骸をその落ちたところに埋めて一寺を建立しました。それが龍象寺です。また、村人を助けた武士は春日明神の化身であったといわれています。

この龍象寺を地元では奥の院(聖徳太子建立の伝説を持つ廃寺広大寺の奥の院)の名で呼ばれて親しまれていますが、江戸時代中頃、百拙禅師によって再興されたといわれています。